最高裁が不正ただす道閉ざす
■ 公益通報者の解雇を有効に
2013年12月17日、武生信金(16年2月の合併により現・福井信金)は、経営者の不正融資を公益通報しようと、経営者の社内メールにアクセスした労働組合役員2人に懲戒解雇を通告しました。
労働者が、経営者の不正融資を警察や北陸財務局などに公益通報したにもかかわらず、逆に刑事告訴(不起訴確定)されたうえ、懲戒解雇処分まで受けるという、公益通報者保護法にも反する、経営者の露骨な報復処分でした。
本人の弁明や労働組合の要請も聞こうとしない武生信金に対して、2人は地位確認を求めて裁判に訴えました。
しかし、一審の福井地裁(2016年3月30日)、二審の名古屋高裁金沢支部(2016年9月14日)は、ともに労働者の請求を全面棄却するという、信じられないような不当判決を出しました。
さらに最高裁は、2017年2月28日、労働者の上告棄却、上告受理申立不受理という、下級審での信じられない信義則違反の判決を追認しました。
経営トップによる大口の不正融資は、金融機関にとって、また金融行政においても最も重視されるべき公益通報事案です。
監督官庁の金融庁自らが認めている「武生信金でのコンプライアンス通報制度の機能喪失」の状況下で、不正融資をただすため労働者に残された手段は、警察・北陸財務局などへの公益通報以外にありませんでした。
内部通報者の保護を強化しようとしている情勢の中で、この裁判では、企業の不正を通報・告発する道を閉ざしてしまうのか否かが鋭く問われていただけに、今回の最高裁の決定は、「世界一、企業が不正しやすい国づくり」にお墨付きを与えるものと言わざるを得ません。
■ 銀行出身歴代理事長が経営を私物化
一審・二審の判決の中で、本件のアクセス行為が公益通報目的でないとする理由の一つとして、懲罰委員会での経営側の事情聴取で、上告人らが「興味本位で行った」と答えていることをあげています。さらに「仮に公益通報目的があったとすれば、その旨堂々と伝えればよい」とも言っています。
しかし、団交などで組合の疑惑解明の求めに対しても一切答えようとしない経営側の事情聴取に、真正面から「理事長の不正を追及するため行った」などと答えたら、不正もみ消しのため、どのような報復処分が待ち構えているか、わかったものではありません。
武生信金では長きにわたり、福井銀行出身のH氏が理事長に座り、地元誌に疑惑が報道されて以降に交代したS理事長も、福井銀行時代にはH氏の部下として働いた人物でした。
昇給や賞与時に、全職員に対し「すべて理事長のおかげです」とあがめたてまつる作文を毎回書かせ、内容が薄いと再提出させるなど、理事長のワンマン経営が続き、とてもモノを言えるような職場状況ではありませんでした。
また、上司の不正を内部通報したら、通報者自身も処分されるということもありました。
■ 元信金幹部もモノ言えない
不正融資に関与した元理事長らの経営責任を問う別件の裁判では、当時の理事長から不正融資の稟議書作成を指示された信金の審査部長や営業部長らが法廷で、こんな融資をやめるべきだとわかっていても「とても言える状況ではなかった」などと、理事長の独裁・恐怖支配の実態を証言しています。
信金の役職員を見下し、アゴでコキ使うような「恐怖支配」の職場のもとで、社内のコンプライアンス統括担当役員自ら関与した不正融資を、「堂々と」内部通報などできるはずがないのは、誰の目にも明らかです。
そうした中で、「興味本位」と答える以外に道はありませんでした。
■ 職場実態無視に多くの批判
一審・二審で裁判所が、企業幹部でも「堂々と」モノなど言える状況ではなかったのに、公益通報目的があったのなら経営者に「堂々と伝えればよい」などと判断し、それを最高裁が追認し、公益通報のため勇気を持って情報収集を行った、2人の労働者への懲戒解雇を有効と判断するのは、労働者の置かれている立場や職場実態を、全く無視したものであり、到底納得できません。
解雇を正当化するはずの公益通報者2人に対する刑事告訴も「不起訴」となり、「信金に損害を与える目的でプリントアウトした文書を外部に流出させた結果、雑誌に数回にわたって信金に関する醜聞記事を掲載させた」という告訴理由が、全く理由のない「邪推」に他ならないことも明らかになっています。
「不正融資の張本人に対して、『公益通報するために経営者の社内メールにアクセスした』などと言えるわけなどないことは誰が考えてもわかること」「裁判所は、職場の実態をわざと理解しようとしていないとしか思えない」「裁判所への信頼を大きく損なうもの」などと、企業の不正を告発する者を逆に処罰するかのような下級審での不当判決に対して、多くの批判が上がっていました。
■ 保身図る解雇が明らか
本件公益通報の結果の妥当性から考えても、2人の行為によって信金側は何ら「損害」を受けていないばかりか、このまま不正融資を隠蔽していれば信金自体が経営破たんし、利用者・労働者をはじめ地域経済に深刻な影響を与え、金融不安の事態さえ招きかねなかったところを、福井信金との合併という形で、そのような最悪の事態を未然に防いだ「大手柄」と言うべきです。
後に不起訴になった公益通報者2人に対する刑事告訴も、その告訴に続く2人の解雇も、不正融資を問い質す職員を排除して、信金トップの保身を図るためでした。
2人が解雇を争って提訴したわずか半年後に、2人を解雇した信金理事長が自ら記者会見で問題の不正融資を自白・公表した事実は、2人の解雇が正当な理由のないものであったことを物語っています。
■ 理由ないのに解雇が有効に
金融機関では、金銭の横領など不正行為で懲戒解雇を行う際にも、「全額弁済」などがあった場合には刑事告訴を見送るケースが多く、刑事告訴を行う場合でも、慎重な検討を重ね、本人の将来や金融機関の信用なども考慮して行われているため、金融機関が刑事告訴をして不起訴になるケースなどほとんどありません。
旧武生信金は、「刑事告訴」を先行させて、職場に「懲戒解雇されても当然」であるかのような印象を与えるような、あべこべの手法をとったうえ、懲戒解雇後に刑事告訴が不起訴になり、解雇理由がもはや完全になくなっているのに、裁判所が解雇無効を求める労働者の請求を「全て」棄却しているのは、「解雇有効」という結論ありき以外の何物でもありません。
「邪推」によって、刑事告訴・懲戒解雇され、著しく名誉を傷つけられたのは、労働者の方です。
■ 労働者の人生否定する暴挙
企業の不正は、そこで働く労働者が一番良く知っています。そこで働く労働者であればこそ、報復を恐れて、不正を通報することが難しいのです。
このような組織の不正が、なかなか明らかになりにくい現状を何とか改善しようとする、さまざまな努力に冷水を浴びせるような今回の最高裁決定は、大企業優先の今の日本の「あり方」をますます加速させ、勇気をもって立ち上がった労働者の人生そのものまで否定する暴挙と言わざるを得ません。
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